アジアからヨーロッパへ【ノルウェー・北極圏上陸編】

インドでの挫折は、海外留学に対する夢を打ち砕くことはなかった。というのは、それまでの海外生活が自分の唯一の長所を見出す手助けとなり、自信に変えることができたからである。それこそが前回の記事で取り上げた、”異文化コミュニケーション力”だった。国境を越え人種を越え良好な人間関係を構築できることが、自分の武器になるということに気がついた。

しかし、現実とも向き合わなければならない。西洋諸国の大学に留学するにあたって懸念材料となるのは、やはり学費だった。特に英語圏の大学は学費が高い印象が強かった為、日本語と英語以外の言語を知らない自分にとっては絶望的かと思われた。そんな最中、とある記事を見つけた。

留学するなら北欧?いまだに留学生でも大学の学費が無料な国。https://tatsumarutimes.com/archives/2204

 

ノルウェー。英語圏以外の国で、英語で授業が受けられるなど、夢にも思っていなかった。そして学費はほぼ無料に等しい。片っ端からノルウェーの大学をしらみつぶしに調べると、応募資格を満たしている大学が複数見つかり、全てに直ちに願書を提出した。しかし、その後多くの大学からお詫びと共に「出願者不足の為、今年度は開講できない」という旨の連絡があった。不安が募る中、年が明けた。

2017年三月末、ようやく合格通知が届いた。北ノルウェーの北極圏内に位置する大学。可能な限りその土地の情報収集を試みたが、日本語の情報は全く見つからない。英語で書かれた観光客向けのウェブサイトによると、どうもあのマンガロールよりも辺鄙で、一年のほとんどが雪に覆われているようだった。華やかなヨーロッパのイメージとは無縁の、北極のとある小さな街という印象だった。

娯楽が目的ではない以上、勉強に専念できる環境として最適、というのは至極当然である。しかし、インドでの経験から、あまりに辺鄙な土地は避けたかったのが本音である。

そして日本には、これら二つの相反することわざが存在する。

『二度ある事は三度ある』『三度目の正直』。大学への挑戦はこれが三度目となる。どちらと向き合うべきか。

そして、2017年はちょうど僕の”厄年”であった、、

 

だが武士たる者、ここでグズグズ気後れしていても男らしくない。今は鍛錬された武器がある。インドの灼熱で溶かされた汗と涙と正露丸は、挫折という大槌で打ち固められ、容易くへし折れない剣となった。『二度あることは三度ある』と言うが、二度目(インド)は明らかに自分に落ち度はなかったではないか。あんな散々な目に遭って、厄年なんぞ去年とうに済ませたのだ。そもそも厄年なら、合格通知すら届いたわけがない。

という精神論に加えて、合格者向けのウェブサイトを確認したところ、生活環境は十分整っており、大学側の事細かな対応も良かったことから手続きを進め、八月中旬に渡航。人生初のヨーロッパ上陸。

北極圏に到着したのは昼過ぎであった。直後に愛用していたスマホ(インド製)が壊れてしまった。予備の携帯を持っていたためパニックには陥らなかったが、今考えるとこれは縁が切れたサインだったのかもしれない。

時差ボケや睡眠不足で疲れ切っていたが、寝る前に最低限の食料は確保すべきだと近隣のスーパーへ訪れた。ところがノルウェー語が読めない。近くで陳列棚を整理していた綺麗なお姉さんに冷凍食品のおすすめを聞いた。ぶつ切りのイモと肉と玉ねぎのミックスという調理方法が全くわからない代物だったが、お姉さんが綺麗だったので気にしなかった。僕がヨーロッパで、ノルウェーで、初めて話した女性。のちにこのお姉さんとは交際に至る。

他に日用品を眺めていると、ブロンドの店員のお兄さんが話しかけてきた。戸惑っている自分に声をかけに来ただけかと思いきや、日本人であるということを伝えると、途端に彼の言語が流暢な関西弁に変わった。彼は実はスウェーデン人で、関西で一年間日本語を勉強していたとのことだった。すっかり意気投合し、早速その晩に飲みに行くことになった。行き先のバーでは知らぬ者同士でも杯を交わし、気がつけば三人四人五人とテーブルを囲む人間が増えていった。その中には同じ大学へ通う者もおり、皆が異なるバックグラウンドを語り合いながらあっという間に夜は明けた。長旅の疲労なんてとうに忘れていた。いい風が吹き始めた。

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