善財童子の旅 華厳経第34 入法界品

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“昔、スダナ(善財)という童子があった。この童子もまた、ただひたすらに道を求め、さとりを願う者であった。海で魚をとる漁師を訪れては、海の不思議から得た教えを聞いた。人の病を診る医師からは、人に対する心は慈悲でなければならないことを学んだ。また、財産を多く持つ長者に会っては、あらゆるものはみなそれなりの価値をそなえているということを聞いた。

また坐禅する出家を訪れては、その寂かな心が姿に現われて、人びとの心を清め、不思議な力を与えるのを見た。また気高い心の婦人に会ってはその奉仕の精神にうたれ、身を粉にして骨を砕いて道を求める行者にめぐり会っては、真実に道を求めるためには、刃の山にも登り、火の中でもかき分けてゆかなければならないことを知った。

このように童子は、心さえあれば、目の見るところ、耳の聞くところ、みなことごとく教えであることを知った。

かよわい女にもさとりの心があり、街に遊ぶ子供の群れにもまことの世界のあることを見、すなおな、やさしい人に会っては、ものに従う心の明らかな智慧をさとった。

香をたく道にも仏の教えがあり、華を飾る道にもさとりのことばがあった。ある日、林の中で休んでいたときに、彼は朽ちた木から一本の若木が生えているのを見て生命の無常を教わった。

昼の太陽の輝き、夜の星のまたたき、これらのものも善財童子のさとりを求める心を教えの雨でうるおした。
童子はいたるところで道を問い、いたるところでことばを聞き、いたるところでさとりの姿を見つけた。

まことに、さとりを求めるには、心の城を守り、心の城を飾らなければならない。そして敬虔に、この心の城の門を開いて、その奥に仏をまつり、信心の華を供え、歓喜の香を捧げなければならないことを童子は学んだのである。” 華厳経第34 入法界品

 

Reference:

仏教伝道協会(1975)「和英対照仏教聖典」